11月8日、埼玉西武の中村剛也内野手は、海外FA権を行使したうえでチームへの残留を選択したことを発表した。2016年には、栗山巧外野手が同じように残留を表明しており、盟友に続いてチーム愛を示した形となった。
同い年の中村選手と栗山選手は、ともに関西の高校からプロ入りを果たして17年。今や多くの球団記録を更新し、揃って「チームの顔」となっている。ここでは、愛すべき2選手のこれまでの歩みと、今後の記録に対する期待を記していきたい。
2001年ドラフトにおいて、中村選手は2巡目で、栗山選手は4巡目で指名を受けて西武に入団。そして、奇しくも同じ7年目の2008年に、飛躍の時を迎える。この年中村選手が本塁打王、栗山選手が最多安打と自身初のタイトルを獲得し、チームの日本一に大きく貢献。不動の主軸として、それぞれの地位を確立した。
それから10年が過ぎた今年、35歳のベテランとなった2人は、不振に苦しむ時期が長い苦難のシーズンを送ることに。しかし、厳しい試合が続いたシーズン終盤に調子を上げて、リーグ制覇へ突き進むチームの勢いを頼もしく後押しした。
球団記録を塗り替え続ける「骨と牙」
2人がどれだけチームに貢献し続けてきたかは、それぞれが積み重ねてきた数字に端的に表れている。中村選手は、埼玉西武の生え抜きとしては歴代最多となる通算385本塁打を放つとともに、今年球団史上初の通算1000打点にも到達した。
中村選手とは違った役割を任されてきた栗山選手も、今年、石毛宏典氏が持っていた生え抜き最多二塁打(308本)を超え、同じく石毛氏が西武で積み重ねた球団最多安打(1806本)記録更新を射程圏内に捉えた。2018年のシーズン終了時点での栗山選手の安打数は1722。残り84安打は、2016年の安打数と同じであるため、来季中の更新も十分に可能だろう。
栗山選手は2016年オフの宣言残留の際「これからも埼玉西武ライオンズでプレーしたいという意思が、今回のFA宣言と残留を決めたことになりました」というコメントを残した。そして、中村選手も今回の残留にあたり「これからもライオンズのユニフォームを着てプレーをしたいという想いで、残留することを決めました」と語っている。
加えて、「ライオンズファンの応援を力に、来シーズン以降もこのユニフォームで1本でも多くのホームランを打ちたいです。そして、今年達成できなかった“日本一”の喜びを、必ずこのチームで味わいたいです」と、ファンが待ち望む日本一奪還に向けた決意を述べた。
中村選手と栗山選手のように、17年もの長きにわたって「同期入団かつ同学年コンビが、入団した球団で」ともにプレーした例は、12球団全体を見渡しても非常に少ない。頼れる2人はこれからもそのバットで、愛する球団の歴史を塗り替えていってくれることだろう。
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